元うどん屋大将 半生記 無職はつらいよ(涙)

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大阪物語・・・26

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 《早熟の男に訪れた、遅咲きの春・・》

 

『いや、そら亜美もたいして、ベッピンちゃうで。せやけどな・・』

『うんうん、確かに、たいしたことないし、べっぴんちゃう。どちらかと言えばブサイクや。ほんで?』

人の話を、茶化したくなるのが僕の癖・・

 

『そうそう、そのブサイクがやなぁ・・て、おっさん!人の女つかまえてブサイクて、失礼やろ!』

ケンちゃんも、常にノリボケツッコミで応じてくれる。

が、この時の彼のツッコミには笑顔が添えられず、語気も普段より強く感じられた。

 

『ごめごめん、つられてもうた。ほんでほんで?』

なんだかいつもとは違う空気に圧倒される格好で、僕は聞く耳を持った。

しかしそれは、彼に対する礼節と己が煩悩とが引き起こす、壮絶な戦いの始まりを意味していた・・ 

 

『いやな、マジメな話、亜美みたいなタイプは初めてでやなぁ・・』

彼の初の恋愛エピソード告白は、“マジメな話”と値打ちも付けられていた。

本来、“茶化し屋”の僕にとって、この手の話は垂涎の品である・・

 

『で・・?』

大好物のご馳走を、見て見ぬふりのこの一言が、葛藤開始のゴングとなった・・

 

『いや、亜美が、“今日のことは忘れて・・”って・・』

彼は細めた目を宙に泳がせ、そこに回想フィルムでも見ているかのように語り始めた。

しかも、彼女のセリフのくだりなどは、口調を真似ている。

僕は、その物真似の不快さに、試合開始早々胸焼けを起こした。

しかし、彼のロマンチックは止まらない・・ 

 

『抱いた後で“遊びでいいよ・・”って言われてや・・』

『んぐぅ・・?どういうこと・・?』

“相手が遊びでいいって言うことは、君も遊ばれてるってことやろ?”とツッコミを入れたかった。

願わくば“不快な物真似”の件についても・・

が、僕はそれらの言葉を、突き上げる胃酸と一緒に飲み込んだ・・

 

『“一回抱かれたからって、彼女気取りはせんよ・・”って、ことや・・』

続けて放たれた長文の物真似が、僕の胃袋をアッパー気味にとらえて、マウスピースが飛んだ・・ 

 

『ふ~ん・・』

この“ふ~ん”は、鼻から音だけを抜いた“ふ~ん”である。

すでに口を開くのは・・・いや、立っていることすら危険な状態だった。

“試合続行は不可能”と判断した僕は、タオルを投げ込もうとした・・

が、その時・・

 

『その言葉で、亜美と一緒になろうって決めてんや。ただな、亜美はええとこのお嬢やさかいに、色々難しいかもしらんけどな。』

間一髪、ケンちゃん劇場終了のゴングが鳴り、いつもの彼に戻った。

僕の葛藤が引き起こした胃酸との格闘も、ここでようやく終了のゴングが打ち鳴らされた。

 

『へぇ~そうなんや~、あの子お嬢さんなんや~!』

『そや、社長令嬢で一人娘や。せやから向こうの親がなぁ・・。俺はかまへんけど、亜美がかわいそうやさかいな・・』

『なるほどなぁ~・・』

そう相槌を打ちながら、しかし僕は頭の中で“ギョウザの王将”のことを考えていた。

度重なる胃液の逆流で焼けただれた胸は、小腹が減ったような・・

酢醤油の酸味が心地よいくらいの、空腹感が残っていた・・

 

とまぁ、何のことは無い、ケンちゃんの話は、“過去にはいないタイプの女が現れて、初めて結婚を意識した”、という単純な初恋的内容である。

これは僕の後付の憶測だが、“境遇も一匹狼に近い彼は、家族という群れを欲し、夜はねぐらに帰る生活を望んだ”と、概ねそんなとこだろう。

ところが、当時の僕はてっきり、“逆玉狙い”だと思い込んでいた。

彼の“男気”を知らないわけではなかったが、そうは言っても所詮はホスト、ヒモ稼業。

“なるほど・・次期社長の椅子を狙ったか・・・”と、一人ごちたという雑な話である。

この頃の僕が、どれほどポヤンとしていたか、かつ、いかにヒモ思想に傾倒していたかが窺い知れるエピソードでもあった。

 

この交際報告の続報は、亜美ちゃんの懐妊と、クレバーハウス電撃退店の二本立てで、約1ヶ月後に聞かされる。

その間、それぞれの事情ですれ違いが増えた僕らだが、友情は相変わらずだった。

バブルの荒い息遣いに、クレバーフェイスも相変わらずの人手不足を満喫していた。

が、店内でのコンビとしての“呼吸”にも、寸分の狂いも無かったように思う。

強いて言えば、最強の相棒がどこか遠くへ行ってしまうような・・そんな、不安含みの寂しさを感じたくらいである。

 

ちょうどこの次期、“オーナーはクレバーフェイスのスナック化を計画している”との噂もあった。

その噂通りに、募集広告も出されていなかったように思うし、確かに新人は一人も入って来なかった。 

4月末退店予定の達也さんも、燃え尽き感があったのか、半ば辺りからほとんど出勤しなくなっていた。

さらなる人手不足に、皆、カウンター客は一人で2組以上の捌(さば)きを余儀なくされた。

が、僕には、どこ吹く風。

逆に達也さんがいなくてリラックスできたし、おかげで接客技術の幅が広がり、自信にもつながった。

例えそれが見果てぬ夢であっても、ケンちゃんと“いつか二人で店を・・”と、語り合ったこと・・

そのことが、負担増の中でも僕をポジティブにさせていた。

 

 

『なんやオーナーのボケ、ゴゾゴゾしてるみたいやさかい、愁ちゃんも気ぃつけや。』

『えっ、オーナー気付いてんねやろか?なんか聞いてん・・?』

ケンちゃんが、なにやらの注意を愁さんらに促したのは、達也さんが完全に店を上がった後、5月に入ってすぐの閉店後のことだった。

この時、話を振られた愁さんが、一瞬表情を強張らせたことを、僕は見逃さなかった・・

 

『いや、なんも聞いてへん。せやけど、“アレ”やんねやったら証拠残したらあかんで。』

『うん、わかってる・・』

が、“それにしてもアホ面やなぁ・・”と、思ったにとどまった。

  

この注意報から一週間ほど後、残っていたマスター以下5名から、まずは愁さんが退店・・正しくは電撃解雇となる。

オーナー曰くのクーデターは、この時の会話で使われた作戦コードの“アレ”で、つまるところ伝票操作のことだった。

ギャラ交渉に応じないオーナーに対し、何人かのホストが実力行使の名目で人道を外していた。

自分のお客の会計を誤魔化し、着服していたのだ。

その手法はボッタクリではなく、例えばお客からは正規代金1万円を会計伝票で頂くが、保管用伝票には5千円しか記さないというやり方をしていたようだ。

ところが在庫と伝票の差に気付いたオーナーが、何某かの内定の果て、愁さんの尻尾を掴んだという具合である。

 

愁さんは、会計チェックをしないマスターの目を盗み、店の客の伝票まで操作して、私腹を肥やしていた。

おそらく、オーナーのスパイが客で潜り込み、会計伝票の切れ端を持ち帰って発覚したものと思われる。

そして、まもなく電撃解雇・・

ついに僕は、この憧れ続けたカリスマホストの愁さんと、お別れということになる。

 

しかし・・だ。

先日は何だかんだと褒めたりしたが、実は僕は愁さんを一度も信用したことはなく、振り返ってみると、しょうもない先輩だった。

口の軽い、いい加減な奴で、決して人を喜ばせるような嘘を付くことはなく、プライベートで家に遊びに行った時も、茶の一杯も出さなかった。

初対面の『お前、アホやろう』が、大阪人の“アホ”は親愛の情を表すと知った後も、“お前にだけは言われたくない”と思った輩は・・愁太郎でした。

時にはヤクザに怒鳴り込まれ、時にはパトカーに乗り込んで、みんなに迷惑ばかりをかけいた愁太郎・・

お前が視界に入ると、疲れ目の時に見える空中浮遊の微生物のようで邪魔でした・・

 

“パーマーも3日で落ちる直剛毛のオカッパ頭・・月の表面をイメージさせるアバタ面・・そしてそのルーツは母方祖父がアーリア人という、いつもの嘘”・・

『もしその話が事実なら、二度と日本に帰ってくんなやいっ・・!』・・

もうお前の・・その姿が僕の視界をうろつくことは無いだろうけれど・・

愁太郎・・あの頃、お前に騙されまくった後遺症で、いまだに僕は人間不信です・・

フアツクユー・・本当にフアツクユー、ドンフォゲッ・・ 

自称クウォーター、宇祖月・チン・カスヤロー・愁太郎、現在46歳、黙祷っ!

“もうええっちゅうの・・” 

 

かく言う僕も、刻々と店に居場所は無くりつつあった。

が、それに気付かずに、のん気に構えて軽率な行動に出てしまうのである・・・

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大阪物語・・・25

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《進学、就職、恋の季節でもある・・》

 

卒業の春である・・

ここ、クレバーフェイスにも、それぞれの旅立ちの日が近づいていた。

 

前年の暮れに、AKIRAさんと、その側近のB級ホストの二人が店を上がり、年が明けてまたB級レギュラーが一人抜けた。

4月を前に、残っていたのは僕とマスターを合わせて約6名。

ただでさえダーティーなイメージのホスト稼業である。

貴公子風で“いかにもジゴロ”のAKIRAさんが抜けたクレバーフェイスは、ケンちゃんや達也さんといった典型的なヤンチャ上がりの存在感が強すぎた。

どことなく、怪しい雰囲気が増したからか、新人も“入って来てはすぐに辞め”の繰り返しで、一番長く続いた僕と同い年の大学生でも2ヶ月ほどだった。

 

最下っ端の新人となった、その2ヶ月の彼は、入店当初、大学のボクシング部を辞めたばかりで丸坊主だった。

時代的に中学生と高校球児以外の若者の坊主頭は、某かの懲罰のイメージがあり、まだ接客業では敬遠されることが多かった。

顔でも“海老蔵”似なら、逆に持てはやされただろうが、ホストで“えなり君”では、髪が伸びたところで未来は無い。

マスターもそう思ったのか、それとも完全にヤル気が失せていたのか、その彼に付けた源氏名は、ボクサーつながりで“チョッチュネー”だった・・

 

『初めまして。僕、新人のチョッチュネーです・・・』・・

“チョッチュネー、2番ボックスにアイス持ってきてくれ・・・”・・

“チョッチュネー、おしぼりヨロシク・・・”・・

時々略して“チョッチュ”とも呼ばれていたが、源氏名が元世界チャンピオンの口癖ではマンガもいいとこで、案の定、彼がホストとして日の目を見ることは無く、僕はまた最下っ端へと戻った。 

 

この時は、まさかマスターまでが、辞めることになるとは思わなかったが、明らかにケンちゃん事件以降、モチベーションと、さらなる統率力の低下は見えていた。

そんな現場指揮官に呼応するかのように、ホスト連中も・・

ただ、こちらは同じオーナーへの不満でも、人手不足で増えた負担とギャラとのバランスの問題で、要は金だった。

経営者側が、セットやボトルの料金設定から提案する上限賃金額と、従業員サイドの見立てとでは、大きな開きがあったのだ。

個々のオーナーとの交渉も、平行線をたどっただけのようで、業を煮やした面々の謀反の形跡が、後ほど浮かび上がる・・

そして、オーナーも、クーデターを察知して、独自に動きを起こしていたようである・・

 

そんな中、先陣を切って退店に名乗りを上げたのは、達也さんだった。

当初、調理師免許のある達也さんは、ホストとしてではなく、サイドメニュー担当のシェフと、新人の厨房教育係を兼ねて入店していた。

が、この通りの万年人手不足である。

最初の契約は反故になり、今や時にはカウンター二組を一人で捌かねばならない。

接客には向かない自分の風貌と、職人肌の裏方気質を、百歩譲ってホールに出ていただけに、鬱積していたものもあったのだろう。

達也さんの場合は、ギャラ以上に契約の問題が根深く、“いまさら金など”といった感じでホスト引退を決意したようだ。

しかし、実際はクーデターに・・・。

 

 

同じ頃、僕とミヅキの“慣れ合い”も、ズルズルと一ヶ月ほどになっていた。 

初っ端から深入りしすぎた感のあるミヅキを、“公と私”の分別が苦手な僕は、早々にお客として扱うことができなくなった。

マスターの言う“お客との関係はご法度”には、こんな意味も含まれるのだろうと、この時、初めて考えさせられた。

が、ミヅキがいると、どうにも仕事がやりずらい僕は、店に来させない代わりに、時々マンションに泊まりに行くという交換条件を結んだ。

まだミヅキに対する警戒心は残っていたが、それから“不本意ながら”、の半同棲に近い行き来が始まったのである・・

 

だが、差し当たり“付き合おう”という類の言葉も無く、でも“よくしてくれる”ミヅキに、まだ形になってはいなかった僕の“ヒモ魂”が呼応しはじめる。

万札を千円札扱いのミヅキは、言動だけでなく金銭感覚もぶっ飛んでいて、それを目の当たりにすると、たかが知れた“指名のキックバック”などは、どうでもよくなった。

元々お金にルーズな僕は、ミヅキからの恩恵に甘んじていて、キックバックが争点の店内クーデターには反応が遅れた、というか・・

早い話しが、何が起きているのかが、よくわかっていなかったのである。

 

 

『おっさん、いつか一緒に店やろな。俺ら二人でやったらオモロイもんできんでぇ!』

突然ケンちゃんが、そんなことを言い出したのは、4月に入ってからのこと・・

告知無しで、電撃退店する1ヶ月くらい前だった。

 

『うん、俺もケンちゃんとコンビなら、最強の店が出来ると思うわ!いつか絶対な!』

約1年半後、ミュージシャンの夢を完全に捨てた僕は、彼と二人でパブをオープンさせる。

“二人で吉本入ろか”と話したこともあったが、当時売り出し中のダウンタウンのモンスターぶりに、お笑い芸人の夢は“言うてみただけ”で終わった・・

 

『おっさん・・俺、店辞めるかもしらんで。』

『マジで!? いつ!なんで!』

ケンちゃんは、自分ごとであっても、いつもフワっとしていてる。

その緊迫感の無さにつられて、僕はクーデーターの件も、いまいち事態が飲み込めなかったのだろう。

 

『いや、まだわからへんけどな。せやけど、オーナーだけは許されへんさかい、絶対辞めるで。』

『マジかいな・・えっ、どっかAKIRAさんみたいに修行行くん?』

『いけへんよ~!』

ケンちゃんほど、他人の風下が似合わない人間は、ちょっと珍しい。

彼がマスター以外に頭を下げるシーンは想像がつかなかったし、この手の話もまた、これ以上は余分には言わない男だった。

 

『おっさん、あの女から金引っ張ったったんかいな?』

そして、こんな風にコロッと話を変える。

この手の話も珍しいが、ことミヅキに関しては、心配してくれていたようでもあった。

 

『いやぁ・・なんやかんやとはしてくれるし、金の引っ張り方が、わからへん・・』

『ホレさすねや!』

『ホレさすて、簡単に言うけど、それ自体がわからへんのやがな!抱かれへんしやぁ・・』

元彼女か安パイ事件が、トラウマになっているのか、それとも神経質が災いしてるのか、素振りはできるが、恥ずかしながら、そこまでである。

ソープ営業も、一般人でも変わりなく、いつからか、慣れるまでに時間を要するようになっていた。

が、それは、後にかなり功を奏することになる・・

 

『それはやなぁ、カクカクシカジカで・・・』

ケンちゃんが言った極意の内容は忘れてしまったが・・

『それは、俺には無理やて!ケンちゃんやけん、できるんや!』

僕が真似て、なんとかなるような技術ではなく、彼のキャラだから成立するような右から左の内容だった。

 

『おっさん・・俺、結婚しようと思いよんねや・・』

『まぁそりゃ、いつかするでしょが・・』

“この話”したさもあって、ミヅキ話を出してきたのかも・・

『亜美、知ってるやろ。あいつや・・』

『まままっ、マジでっ!? って、大げさに驚いてみてあげましたけど・・マジ?』

ふいにどこかへ、“風呂入りに行って来る”とか“金、段取りしてくる”と、消えることはあったが、ケンちゃんが自分の女の話をするのは、これが初めてである。

彼女はお客で、確かミヅキの自己申告年齢とさほど変わらなかったように思う。

 

『だいぶ年上やけどな、俺、年下に甘えられのんはあかんねん。』

『あんな、君、まだ18になったばっかりやで。客でも君より年下て、聞いたことないがな。女子高生もビビって近寄ってこんのに、どこにも年下と接点、あ・れ・へ・ん、っちゅの!』

『昔っから、年下はあかんねんて!』

『小4や小5で初体験やろ?相手が年下や言うたらビビりまんがな~・・って、年下はあかんに決まってるやろっ!』

『年上を言うこときかすのが、ええねや!』

『また、大胆なドS発言やなぁ~・・あっ、そや!自分、マユミちゃんとも付き合ってんちゃん!! それこそどないすんねんなっ!? かわいそうに~・・』

おそらくケンちゃんの彼女であろう、このマユミという女の来店は、僕も腹が立つほど神経を使わされた。

普段、こんな話はしない彼に、ここはチャンスとばかりに畳み掛けた・・

 

『付き合ってへんちゅの!普通に客やで。誰がそんなん言うてん!? 』

『マスター言うてたで。“ケンちゃんの女やろう”って。俺もそう思てたよ。俺は亜美ちゃんよりマユミちゃんの方がタイプやなぁ・・』

『うわぁ~・・おっさん、それマジで言うとんかいな?マユミとええ豚女とええ、おっさんブサイク専門やなぁ!』

『豚女て・・あなもん人間ちゃうがなっ!! 処分に困ってみんなに押し付けられたんやがなっ!! マユミちゃんとあんな産業廃棄物、並べたったらあかんわぁ・・』

おそらく僕は、これをきっかけにして彼とは、“女のタイプ”の話をしなくなったと思う。

が、その部分のコミュニケーションの無さは、後に二人の店の命取りとなる・・

 

『いや、そら亜美もたいしてベッピンちゃうで。せやけどな・・・』

この後、“もしかして、これがこいつの初恋か!? ”と思えるようなセリフが、この破天荒男の口から飛び出す。

まさに、ロマンチックがとまらない・・

そして、ここから店内クーデターの全貌と、またあの男のティンカス野郎っぷりが一皮めくれることになる・・・

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大阪物語・・・24

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《酒による記憶喪失は、夢遊病のようなものじゃないだろうか・・?》

 

突然、クレバーフェイスを訪れた、黒ずくめ一見の女は、すでに僕のキャラを知っていた。

その正体は、左乳房の上、”かいな”と呼ばれる部位と、大腿部に刺青を持つソープ嬢・・

ミナミで一度だけ出会っていた“魅月(ミヅキ)”という源氏名の泡姫だった。

しかし、最終的に僕が、そのことを確認できたのは、ミヅキのマンションで一夜を過ごした翌日、目覚めて以降のやりとりからである。 

まだ身元不詳の前夜、僕は馬鹿を承知で“愁さん情報”を信じ、酒の勢いを借りた“禁じ手使用”で素性を探っていた・・

 

『あのぉ・・もしかして、ミナミの“昼の部”で、お会いした・・』

“相手だけが僕のことを知っている”ことが心地悪く、トークも思いつかなくなった僕。

“昼の部って?”と返された後のことも、最悪の事態も想定せずに、掟破りの職業詮索で現状打破を試みた。

すると・・

『遅いわ・・もう来んし。ボトルは開けや。』

女のその返答に、言われてみれば、もっとオバサンだったが、似た風なソープ嬢がいたような気がしないでもなくなった。

“ほんまかいな!? けど、俺ごときC級を泡姫が相手するか・・!? ”

前借りが増えただけの“死に金営業”のはずが、一転、“ソープ嬢が新規指名客”の可能性に、僕は半信半疑ながらも緊張と期待で浮き足立った・・

 

『あっ、ここでは何って呼べばいいですか?最初、店に入って来た時、“女神が下界で何してんねんっ!?”って、腰が抜・・』

『ミヅキ。覚えてへんやろ・・』

“そんな名前、いたような・・いなかったような・・まぁええわ!! ”

『えっ、“あそこ”ですよねっ!? あのミナ・・』

『言わんでいい。言う必要無し!』

“たぶん、泡姫に間違いない!!”

カマをかける行為は、最低な掟の破り方だが、前借り分の分割天引きで、手取りが半分になっていた僕。

金欠病で喘いでいただけに、“あわよくば”のヒモ根性もチラリと芽生え、一気に舞い上がった。

が、覚えているのは、この辺りまで・・

日頃の睡眠不足に加え、酒に弱い体質が苦手なバーボンに飲まれたらしく、営業時間途中であえなく撃沈となった。

 

 

『うわっ、くっさ~・・。っちゅうか、ここどこや・・』

目を覚ますと、正面にピンク色っぽいカーテンが見えた。

初めての“ここはどこ?あなたは誰?”の記憶喪失状態に不安と焦りを覚えた僕は、辺りを見回した。

薄暗い室内に見覚えは無く、人の姿も無い。

ただ、ここが女の部屋であることだけは、ベッドや家具、装飾品から判断出来た。

幸い男の痕跡を示す物証も無く、ひとまずは胸を撫で下ろした。

“あぁ、3番ボックスか・・”

記憶の糸を明確な部分から手繰ってみるが、二日酔いで寝起きの頭は、断片的にしか働かない・・

 

『J、起きたん・・』

黒いスェット姿の昨夜の女が、開いた引き戸のそばに姿を現せ、髪をかき上げながら、そう声をかけてきた。

酒で焼けたようなかすれ気味の声と、ゆっくりとした口調が、女の気だるい雰囲気をさらに引き立たせている。

そのトーンに、昨夜以上の上からの目線を感じたが、癖なのか、やはり視線は合うと、すぐに女は逸らせた。

 

『僕、なんでここにおるんすかねぇ・・』

昼間も締め切られた雨戸と雨戸のわずかな隙間から入り込む日差しが、薄い生地のカーテンに、いびつな一本の縦筋を引いている。

時計が見当たらず、それを見て“もう昼頃かな・・”と、思った僕。

いつもなら、すでに行動を供にしているはずの相棒と、“何か約束がなかったっけ・・”と気になったが、無かった。

 

『あんたが私と一緒に帰るって言うたんや。』

『マジで・・』

ところどころ、例えば、タクシーを降りる瞬間や、このベッドで抱き合ったシーンなど、いくつかの短い場面は思い出したが、要の店を出る前後は、まったく覚えていない。

ついでに言えば、まだ女の名前も思い出せず、もっと言えば、抱いて最後までに至ったかどうかの記憶は、いまだに喪失したままである。

 

『そんなことより、何か食べにいこ。』

『んっ・・うん・・。あっ、あの、外では何て呼んだらいい?本みょ・・』

『ミヅキでええよ。』

『あ・・呼び捨てにしてもいいん?』

『好きに呼んだらええんやないん。』

お客との関係もご法度とされていただけに、“マスターに怒られるやろうな・・”と思うと憂鬱で、のんきにお出かけどころではない。

一日一食主義にくわえて酒が残った体は、まだ食事も欲しがってはいない。

が、ミヅキの冷たく気だるい口調は、命令とは違った重みがあり、僕は何かに惹きつけられるように腰を上げた。

その、静かだが抗わせない様は、月が寡黙に潮を満ち引きさせる力強さにも似ている。

しかし、ミヅキの、不思議少女がそのまま大人になったような掴み所の無さは、どちらかと言えば、彼女の脳味噌が月に力強く吸引された後遺症のように思えた。

いずれにしても“月に魅入られた女”、その名の通りの“魅月”・・

奇想天外な言動で、強引グ・マイウェーを貫く“なんちゃって女王様”である。

 

 

その日の僕の仕事は案の定、マスターの驚くような駄目だし含みのお説教から始まった・・

『ホストがお客に持ち帰られるやぁいうブサイクな話、ありえんへんがな・・』

『はぁ・・すいません。後半、ほとんど覚えてなくて・・』

ミヅキは、酔っ払ってダウンした僕を尻目に、マスターを呼びつけ、“いくらなら連れて帰れるか”と、いきなり束にした10万をテーブルに出したそうだ。

丁重に“そういうお店ではないので”と断ったマスターに対し、ミヅキはキレ気味に“もう仕事にならんやろ”と、さらに10万を出したという・・

とどめが、客席で寝込む醜態を、マスターに軽く咎められた泥酔状態の僕は“ミヅキちゃんと帰る!”と言い出したという、あるまじきブサイクな相関図を描いていたようである。

結局、お金の方はマスターがなんとか引っ込めさせたそうだが、閉店時間の5時を待たずして、二人で店を出たらしい・・

 

『なぁ、J・・遊ぶんもええけど、自己管理できへんもんに、水商売もできへんで。体調にも気ぃ使わな、飲まれんでええ酒にも飲まれてまうねん。なっ。』

『はぁ・・恥ずかしいです・・すいません・・・』 

マスターは決して声を荒げることはないが、言葉の一つ一つが、僕には重い。

夜の街に生れ落ちたヒナ鳥の前を、初めて歩いた親鳥が、この叩き上げの師匠である。

月給3万や5万のバーテン時代から身に付けたお客様第一主義は、今の時代に照らしても正論であり、当時の僕にはしつけと同じだった。

が、説教ついでに話が、オーナー意向の中途半端な指名制に及び、僕の失態もその弊害だというところに流れたおかげで、お客との関係には触れられず、少しホッとした。

確かに時給泥棒を作らない賢いシステムではあるが、お金が絡むだけにホスト間の揉め事も起こりやすく、マスターも嫌っていた。

この問題は、まもなくオーナーまで巻き込んで、クレバーフェイス解体へとつながっていくのだが、今回は、それとは別のところで、ささやかな嫉妬が発生していた・・

 

『お前、あの金もろたん?最後マスター、タジタジになっとったがな。』

『いやぁ・・愁さん、それ僕、店来て初めて知ったっす・・』

ミヅキは、相当に酒が強い女で、酒乱ではないが、依存症に近かったように思う。

マスターは“キレ気味に詰め寄られた”と言っていたが、酒乱の豚女のようなことはなかっただろう。

自宅でも日本酒をガンガン飲むが乱れることはなく、まだ、シラフより酔ってる時の方が、愛想というか、愛嬌というか・・があった。

 

 

『ええの捉まえたのう~!で、ヤったんやろ?カイデーのパイオツに顔挟まれて、イヤなこと忘っせたんやろ?ええ、Jちゃんよぉ?』

『はぁあ・・自己嫌悪・・・』 

まだ、この時は予兆らしいものは無かったが、後一ヶ月ほどで店にクーデターが起こり、この愁さんのイヤキチ(嫌味)ともお別れになる・・

しかし・・だ。

なんだかんだと言いながらも、僕と愁さんは険悪になったことなどは一度もなく、振り返ってみると、いい兄貴分だった。

ノリの軽い、おっちょこちょいな人だったが、決して人を陥れるような悪気のある嘘をつくことはなく、プライベートでは家にも何度か遊びに行かせてもらった。

初対面の『お前、アホやろう』にも、初めはムッとした僕だが、大阪人の“アホ”は親愛の情も表す言葉だと教えてくれたのも・・愁さんでした。

時には影になり、時には日なたとなって、僕の大阪時代の礎を築いて下さった、愁さん・・

愁さん・・僕は、いつも貴方の背中ばかりを追いかけていました・・

“便器に打ちつけてヘシ折れた門歯・・ヤクザにぶっ飛ばされて噴き出した鼻血・・そして小学生並みのベリーロール・・・”

『僕も大人になったら、愁さんみたいな大嘘つきになるんだいっ・・!』・・

もう貴方の・・その背中を追いかけることは出来ないけれど・・

愁さん・・貴方は僕の心の中で、今もずっと前を歩み続けています・・

ありがとう・・本当にありがとう、フォーレバー・・

本名、宇祖月・チン・カスヤロー・愁太郎、享年24歳・・黙祷っ!

“まだ生きてるか・・・”

 

今回の“J・ウリ専疑惑事件”は、マスターや愁さんだけでなく、意外にもケンちゃんまでが反応をみせた・・

『おっさん、あの女と付き合うんかいな・・?』

まだバイト時代のことだったが、行きがかり上、若いホステス客宅に泊まることになった僕。

マスターの教えに基づき、何事も無くただ寝て帰っただけだが、それが店内に一気に広まり、無関係のお客にまで“ホモ・イムポ”と言われた。

“安パイ”、と呼ばれ始めたきっかけがこれで、あまりの屈辱に、挫折しかかった理由の一つでもある。

それ以降は浮いた噂もなく、ケンちゃんは気を使って、ここまで女絡みの話をしなかったのかもしれないが、それにしても意外だった・・

 

『いやぁ、付き合うつもりはないんやけど・・』

苛立ちとしての復讐心は薄れていたが、”女は信用しない”に変わりはなく、よしんば誰かと付き合ったとしても“お客”は論外だった。

ましてや、自称27歳のミズキだが、昼間は32~3歳に見え、19歳の僕には親子ほど違うように感じられた。

仕事柄、一日に何度も風呂に入るので、ふやけているのかと真剣に思った・・

 

『っちゅか、これ見て。なんかいきなりって怖いやろ。センス無いし・・』

一晩泊まっただけにもかかわらず、食事に出た道中で、フラフラっと宝石屋に入ったミズキは、半ば強引に僕に18金のネックレスを買い与えた。

が、どう見てもプロレスラーサイズのゴツさは、体重50キロを切っていた僕にはまったく似合わず、逆に身に付けるのが恥ずかしかった。

それは、新郎新婦の名前が入った婚礼の引き出物と同じようなもので、もらった側は、ありがた味より、“で、これいつ使えばええん?”の困惑と、押し付けがましさを味あわされる一品だった。

 

『ええやん、金持ってるんやろ。貢がせて質に入れたったらええねん。』

『いや、怖いて。刺青入ったんやで!なんかしてもろたら、後でなんやかんやって揉めそうやろ。』

胸に薔薇、太ももに唐獅子の刺青は、その業界に飛び込むことになった経緯と密接に絡み合っているのだろう。

それに関してミヅキは、一度も語ることは無かったが、人と目を合わせない癖と、いつもぼんやりと焦点を定めない潤んだ瞳は、壮絶な過去を通り過ぎる時に付いた傷跡のような気がした。

 

『男は、おりそうな雰囲気なん?』

『ん・・おらんって言うてたけどわからへん。あっ、台所になんか、くっさいなんかおったわ。ウサギかなんか。朝、その臭いで目ぇ覚めたし。』

ウサギというか、どでかいハムスターというか、茶色の不気味な動物がキッチンに置かれたケージで飼われていた。

ミヅキは“なつかない”と言ってケージから出すことはなかったが、臭いは目一杯ケージから出て来ていた。

普通は、なつかせるペットなら犬か猫だろうが、そんなところも少しズレていた。

ほどなく、そのなつかないペットの代わりに、僕へのペット扱いが始まる・・

 

『ハハハッ、ええがな、可愛いがな~付き合ったりぃな~!』

『人ごとや思って簡単にいいなやぁ・・』

ミヅキの強引グ・マイウェーは、次第にエスカレートしていき、僕もそのペースに飲み込まれていく。

彼女の常識外れの金銭感覚と不可思議な言動からも、やがて“夜の街の謎の一つ”が浮き彫りとなる。

一方、クレバーフェイスも内紛の気配がチラホラと見え始めた・・・

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大阪物語・・・23

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《なんちゃって女王様、見参・・》

 

僕がソープ営業を止めてから、10日ほど経った頃だろう・・

もうすぐ3月だというのに、深夜は冬の気配で、この日は風も強かった。 

『いらっしゃいませぇーっ!』

栗色の長い髪を片手で押さえるようにして、一人の女がフラッと店に入って来た。

20歳代後半と思しき、わりと小柄のその女は、ゆったりとした感じの、薄手の黒のコートを羽織っている。

下も黒のレザーパンツで、全身黒づくめとの対比もあってか、薄暗い照明の下でも、肌の白さは浮き立っていた。 

『あっ、こちら、カウンターの方へ、どうぞ。』

女は、B級ホストの案内など完全無視で、一番奥の空いたボックスに向かって、“ツカツカツカッ”と、歩いた。

そして、そこのソファーへ、コートを脱ぐこともなく、当たり前のように腰を下ろした。

まだ寒さが残っているのか、少し前かがみに背中を丸め、微かに震えている。

何かを思いつめたように、俯き加減でぼんやりとガラステーブルの一点を見つめ、誰とも目を合わせようとはしない。

 

『いらっしゃいませ。以前、こちらに来られたことは・・』

すぐにお調子者の愁さんが、おしぼりを持ってボックス席に向かったが、ボトルキープの有無を尋ねても、やはり目を合わさない。

女は、本能的に馬鹿が移ることを、恐れたのであろうか・・

 

『日本酒、何がある・・』 

やがて顔を上げ、口を開いたが、人と目を合わせたくないのか、半眼のような眼差しは、やはりぼんやりとガラステーブルに落とされたままだ。

白目の多い三白眼と病的に白い肌が、女の白々しい素振りは演じたものではなく、本質的な冷酷さであるように感じさせる・・

『はい、何種類か取り揃えてますが・・』

愁さんが、口頭で伝えた銘柄から、女は“ロック”でオーダーを入れた。

まだコートを羽織ったまま、微かに震えているにもかかわらずに、である。

 

“また、変わった女が来よったなぁ・・”

2月後半の暇な夜ではあったが、一見(いちげん)のピン客にボックスへ行かれると、後のお客との兼ね合いもある。

僕は例の豚女の教訓から、“日本酒好きの女=酒乱”の、何の根拠も無い公式が脳にインプットされていた。

そして“酒乱+ボックス=失禁”の方程式はトラウマとなって、いまだに心の深いところに、刻み込まれている・・ 

 

『あんたも飲むんやろ。ターキー、一本入れといて。ついでに、日本酒も瓶で・・』

女は、脱いでひざに掛けていたコートを、愁さんに預けようとしたが、ポケットのタバコを思い出し、その動作を巻き戻した。

下に着ていた、黒い薄手のセーターの素材は、伸縮性があるのか、細めの体にもピッタリと張り付いていた。

腕組みのような姿勢でタバコ吸い始めた女の胸元は、浮き上がった線の細さには似合わない豊かさで、今にも腕からこぼれ落ちそうだった。

『あっ、ありがとうございます!3番ボックスさん、御新規ボトル、頂きました~っ!』

時々タイミングを外して恥ずかしい、全員参加の大合唱の始まりだ・・

『あ~りがと~ございま~すっ!!』

“じゃ~・・じゃ~・・~す・・・”

 

『愁ちゃん、浮き足だっとんなぁ~ハハハンッ・・』

マスターは、“ガツガツ感を与えるのは好ましくない”と、リクエストのある時以外は、お客一人に対して、せいぜい二人のホストしか付かせることはしない。

このところ客足も鈍く、特に暇なこの夜は、マスターもカウンターの端にのんびりと座り、僕に接客技術を伝授してくれていた。

『AKIRAタイプのお客さんやなぁ・・愁ちゃんみたいな無神経なタイプは嫌うやろ。』

飛び込みの新規客を指名客にするチャンスは皆にある。

だが、マスターは配置もチェンジも基本的には指示を出さない方針で、今日のようなホストがあぶれた日は、僕にチャンスはまず訪れない。

このクレバーフェイスは、一見客には“行ったもん勝ち”の色合いが濃く、それで気に入られれば、そのホストのお客となる。

一番下っぱの僕は最後の着席になりがちで、ピンのご新規さんを指名客に持ち込むのは、極めて難しい状況であった。

 

『愁さん、またちょっと変わった感じのお客っすねぇ。酒乱かノイローゼちゃうんすか・・』

この頃、だいぶと大阪弁も交えて喋れるようになり、少し生意気な言葉使いもするようにもなった僕。

早くも自分の客気取りで、裏へと伝票を付けに戻った愁さんに、風変わりな女の様子をうかがった。

『せやろ。目ぇ合わせへんし、物言わへん。微妙に笑うけど、キャッチボールならへんし、やりにくいわぁ・・』

愁さんは、次から次へとよく喋る人だが、トーク自体は頭と一緒で中身が無いので面白くない。

この人は、素の無駄な一生懸命さが空回りしてこそ笑えるのである。

『なにもん(何者)すか?』

『パイオツ、カイデーのオッパイ星人や。Eカップはあるやろ。』

この馬鹿は・・

『何屋さんポイんすか・・?』

『わからへんけど、金は持ってそうやし、風俗っぽいなぁ。飲み屋には見えへんやろ。』

確かに、店を跳ねた後のホステスにしては、服装も地味だし化粧も薄い。

一瞬、ソープ営業のことを思い出したが、あんな女の記憶はない。

『J、ボックス来るか?顔もまぁまぁやけど、あの地味なノリは、AKIRAちゃんの領域やで・・』

『あっ、ケンちゃん行ったら一緒に行きますわ。達也さんと、かぶったらやりにくいんで・・』

この時は、愁さんと別のB級が付いていたが、そろそろギブアップ気配である。

余裕のケンちゃんは、ガツガツしないので、まもなく達也の番になるはずだ。

僕が奴を受け付けなくなってから、二人で同じお客に付いたことは、ほとんどない。

おそらく、奴も僕を嫌っていたのだろう。

 

『ごちそうさまでした~!』

ごちそうとは思ってもないくせに、調子のいいこと言って席を立った愁さんを、女が引き止め、なにやらヒソヒソと話しかけている・・

『マスター。3番さんに、お願いしま~す。』

達也は、新規の若い女の客を自分の指名にしようと色めきたち、毎度ご指名の常連のオババ客の席から腰を上げかけていた。

が、愁さんの口から飛び出したのは、№1のケンちゃんでもなく、当然達也など圏外で、なんと意表をつく“マスター指名”の女の意向だった。

“ヒャッハ~!達也のボケ、お前はオババの席でおったらええんじゃっ!”

マスターが呼ばれたことで、肩透かしを喰らった達也は、再びオババ席に腰を下ろし、バツの悪そうな顔をしていた。

 

『いらっしゃいませ~!』

常連のスナックのママさんである。

マスターの古くからの知り合いで、この日は自店の、たった一人のスタッフ、カオリさんを伴ってのご来店だった。

なかなか、豪快な人で、僕も早くから可愛がって・・いじってもらっている。

『ママさん、今日はカウンターでいいんですか?』

『うん、かまんで~J。あんたが遊んでくれるんやったらなぁ~ヒヒ・・』

ボックス席は、二つ一組のテーブルを離せば、最大6席にまで広げられるが、そこは万年ホスト不足のクレバーハウス・・

立ちっぱなしの僕は、3番ボックスを塞いだあの“一見女”が恨めしくなった・・

『いや、マジでお手柔らかめに・・』

このクレバーハウスは、マスターの知り合いなど、このママさんのように、特に指名を持たないお客も結構いる。

入店後まもなく、ゲームに負けた僕は、ママのハイヒールに注がれたブランデーを一気させられた。

飲み終えた直後、正面を向いたまま吐いた“マーライオン事件”がウケてからは、僕はママの玩具となっていた・・

 

『カオリちゃん、おひさしブリブリ~!彼氏出来た?まだなら言うてよ~ええ仕事しまっせ~!』

『あかんで、愁!カオリはウチの大事なナンバー2やさかいに!で、私がナンバー1。って、二人しかおれへんのやから、せめてナンバー1て言うてやってくれてか。アハハハァ~!』

ママさんコンビは、カウンター席の一番奥、ちょうど3番ボックスに背を向けるように座った。

愁さんが正面に立ち、僕は斜めからサポートする格好である。

位置的に、3番ボックスが視界に入り、なんとなく見られているような気がしたが、“呼ばれると嫌だな”と思って見ないようにしていた。

マスターと一緒にお客に付くと、後でダメだしを喰らうことが多く、緊張して接客にならないのだ。

 

『あぁ~あぁっ、Jっ!あんたの薄いから、作らんでええって!愁、作って~。Jに濃い~のも!』

『いや、愁さん、マジでほどほどにお願いしますよ!こないだ僕、見たことないもん、吐いたんすから・・』

『アハっ、Jちゃん、何吐いたん?』

カオリさんはいつもママの影に隠れているが、時々顔を出して僕をいじる。

大阪人のツッコミは前ぶれなく襲い掛かることが多く、気を抜くと“なんちゃって大阪人”の僕は、テンパらされることも、しばしば・・

『いや、だから・・口から出たらあかんもんですよ・・』

ここでは、お客から頂いたサービスは“必ず平らげる”ことが、しきたりになっている。

途中で、席を移動する時は、必ず一気飲みだが、お客と先輩達のイケズで僕は、しょっちゅうマーライオンにされていたのだ・・

『ほなママ、いっただきま~す、チ~ン!』

“うわっ、濃いっちゅうに・・”

 

『J~!3番さん、そろそろ帰らはるて。一杯頂いたら、3番さんにご挨拶な~!』

“はぁ、俺っ・・!? ”

突然マスターから、そう声をかけられた僕、するとママは・・

『えぇっ、どしたん?あんた、いつのまに、お客さんが付いてくれはったん!? はぁは~ん、どうりでなぁ~なるほど・・』

『えっ、なんすかママ!? なにが、“なるほど”なんすか!? 』

『ふ~ん・・やっぱりなぁ~・・・』

『うわぁーっ!なにが“やっぱり”なんすか!? それ、やめてくださいよ・・気持ち悪いぃーっ!! 』

『アハハハッ、なんもないよ。あんたホンマ、気のこまい男やなぁ~アハハ!いじりがいがあるわぁ~アハハハ~!』

『あ、はぁ・・じゃ、ごちそうさまでした。ボックス、行ってきま~す・・』

まぁ、ナニワのオバちゃんにかかると、19歳になったばかりの僕はいつもこんな感じだった・・

 

『こんばんわっ!初めまして、Jです!そちらも側の、お客様の隣のお席に失礼させていただいて・・いいでチュカァ~・・ハハッ!』

『アハハハッ~どうぞ~』

『それじゃ、失礼して・・Jムロ、いきまぁ~すっ!! 』

『うわうわっ、なになに、アハハハッ~オナラするん!? アハハ~ガンダム?アハハハ~ 』

『ハハハッ、目測を誤って、着地地点を間違えてしまったであります!きっと、あなたが、まぶし過ぎたからでありま~す、ハハハッ!』

『アハハハ~もうビックリした~いきなりお尻むけて突進してくるし、オナラするんか思た~アハハハハ~!』

“よしっ!つかみはOK!”

 

マスターが場を暖めてくれたのか、来店すぐの雰囲気とは違ってよく笑い、呂律(ろれつ)もしっかりしていて、酔ってはなさそうだ。

ママの席で頂いた“濃い目の一杯”が、早くも回り始めていた僕は、女の笑い声に一気に調子づいた・・

『いやぁ、すいません。初対面からふざけてしまいまして・・小さい声では言えないんですけど、きれいな人やと、ついつい張り切ってしまうんですよ~だからでっかい声で言ってみました~ハハハッ』

つかんだ後のトーク、実はここからが難しい。

と、その時カウンター席から・・

『Jやぁ~、Jちゃん・・ブサイクなオバァで、ごめんねぇ~。こっち帰って着たら、あんた覚えとっきやぁ~』

『いやもう、だけん、ママァ~ン・・』

ママの絶妙な“合いの手”が、僕のキャラクターを引き出してくれる。

『ほ~ら、でたでた~“だけん”ばってん、出たでぇ~アハハハ~』

『もう、ママァ~・・ママァ~はパパの味ぃ~♪・・』

『アハハハ~うそうそ、頑張って働き働き~、ごめんね~お客さん。アハハ~』

さすが、この道数十年の大ベテランである。

一発で新規のお客に“いじられキャラJ”を売り込んでくれた。

 

『すいません、僕、いじめられっ子出身の、いじられっ子在住なんで、いっつもお客さんから、こんな感じなんですよぉ・・ハハッ』

『“いじられキャラのJ”・・やろ。』

『へっ?なんで知っとんですか?以前どこかで、お会いしましたっけ・・?』

マスターは僕を、そんな紹介の仕方はしないだろう・・

『店では、髪を括(くく)ってるから、わからんか・・』

『えっ、店ではいつも髪を括ってるんですか?』

この頃の僕は、食事に行っても、買い物をしても、“下手な鉄砲も数打ちゃ、いつかは当るだろう”とばかりに、若い女の店員を見れば、声をかけまくっていた。

指名客確保に躍起になっていたのだが、それ以上に“知り合いの、いない街”は、人を大胆にさせる魔力を秘めているのだろう・・

『あんたがウチの店来て、“指名してくれ”って言うたんやで・・誰か覚えてないん?』

『あっ!あ~あ~はいはい、あの時のっ!』

『あの時の誰・・言うてみ。』

『ほら・・あそこで会った、あの人ですよねぇ!えぇ~と・・確かあの時、助けていただいた・・』

シャレのわかる人が多い大阪だが、僕は、時々度が過ぎて怒られてもいた。

まだまだマスターの言う“笑い7:マジ話3”の配分と、切り替えのタイミングが分かっていなかったからである・・

『あんた、まったく覚えとらんやろ。まぁええわ。飲みぃ!』

『あっはい、すいません・・今日、出勤途中でダンプにハネられて、強く頭を打ちつけたもので・・』

『あんた、ホンマいい加減やなぁ・・』

時々、女が真顔で僕に向ける、蛇のような冷たい視線に、なんとなく苦手意識を感じた。

この身体的な一定の特徴が、生理的拒否のトラウマとなって残っていることに気付いたのは、もっともっとずいぶん後のことである・・

『せやけど、コレ今日、開けてまいや。あんたのノルマやで。』

『まっ、マジっすか!? 』

まだ3分の2以上は残っている、ターキーを、一人で飲んでしまえと言う女・・

ブランデーなら、なんとか呑めるが、バーボンの樹液のような独特の香りは、いまだに苦手としている・・

『当たり前やん!自分が“店来い”言うといて、わっせとんやから、気ぃ悪いやろ。もうけぇへんし。』

『いやぁ~はぁ・・すいません。頑張ってみますんで、飲み切ったら、ぜひまた・・』

笑っていたかと思うと、突然カラミ出すこの傾向は“酒乱の気”・・

自分の言うことが通らなければ、キレて失禁する豚女の症状を思い出し、“最悪や・・”と、僕は次第に玉砕覚悟でピッチを上げていく・・ 

気付いた時は、昼頃だった。

『うわっ、くっさ~・・。っちゅか、ここ、どこや・・・』

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大阪物語・・・22

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《ケンちゃんとのコンビ結成で、少し運気は上向いたような気配があった・・》

 

外は雪が降ろうかという寒さに、この界隈はどこを見ても、にぎやかな飾りつけが施され、道行く人波には、いつもよりカップルの姿が目立つ。

通りではサンタのコスチュームを着けた“立ちんぼ”が、聖夜のイルミに目を伏せる通行人を、夜の街へと誘(いざな)う光景が見うけられる。

12月の稼ぎ時に、抜けた“AKIRA”さんの穴を埋めるように、ほぼレギュラーへと定着していた僕は、イベントデーも、もちろんサービス業・・

クリスマスとハロウィンを混同したオーナーから、ギャラアップと引き換えに、イブの余興で“女形への仮装”を持ちかけられる。

“知り合いもおらん街やし、ええやろっ!”・・

地元なら躊躇するだろうが、バンドのライブステージで化粧慣れしていた僕に、ほとんど女装への抵抗は無く、二つ返事で快諾した。

 

それにしても、スカートの寒いこと寒いこと・・

もちろん、パンストは穿いていたが、繊維のミクロ単位の隙間は、動くたびにスウ~スウ~感があって、かえって気持ち悪い。

『J~!似合うというより、臭うぞ~っ!いよっ!』

“じゃかっしやっ、愁太郎っ!こっちは寒くて、それどころちがうんじゃ!”

僕は、カウンターの中で、足元から何度も吹き上げてくる冷たい風に、“そら、女は冷え性にもなるわなぁ”と、つくづく気の毒に思いながら立っていた。

 

『なんぼ金のためやいうても、わしゃ、ようせんで。ワレ、男のくせに、ちょっと頭おかしいんちゃうか?』

“ギャラアップ”と“余興でチヤホヤ”が、気に入らないのか、達也さんは、そんな難癖をつけてきた。

ケンちゃんと僕が、急激に親しくなってからというもの、奴の嫉妬混じりのイヤキチ(嫌がらせ)は、重箱の隅をつつくように、一段と激しくなっていた。

 

そりゃ、ハイヒールまで用意してるとは想像していなっかただけに、僕だって恥ずかしい。

バックヤードから踊り出る直前は、頭の中が真っ白になったし、ホールで皆の視線と笑い声を浴びた時は、羞恥に心と体が震えた。

が、“リトルファンタジスタ”を目指す僕に、師匠のマスターは、“役を演じきってこそ、エンターティナー”と、背中を押してくれた。

“よしっ、ニューハーフを演じきろう!”と、ぎこちないオネェ言葉で奮闘している最中、小声でもお客の前で、そんな難癖である。

興醒めした僕は、頭に昇る血液を抑えることが出来ず、バックヤードに戻り、しばらくパイプ椅子に座りこんでいた。

“いかん、もう限界や・・”

 

『あかんで、J。我慢しいや。』

『だけど、ケンちゃん、あのボケ、ずっとこんなやで・・』

そんな僕に気付いたのか、バックヤードに入って来た相棒、ケンちゃん・・

揉めれば立場的に後輩が不利になるからと、僕を説得にかかる・・

『あかんて。俺らも、みんな分かっとるさかいに、ここは我慢や。』

『しゃけど・・・』

この時、僕は、あまりの悔しさに、初めて店で泣いた・・

かつて芽生えた“誰かのため”の殺意を抑えても、流れることの無かった涙が、自分のプライドのためには、溢れて止まらなかった。

が、ケンちゃんの言った“みんな、分かっている”の言葉に、この時はなんとか持ち直すことができた。

そして、その言葉は、後になるほど効果を発揮して、僕の眼中から達也さんは消えていなくなる。

 

ちょうどこの頃、いや、まさにクリスマス当日の日中のことだろう。

僕の所属していた在阪バンドは、事実上の解散となった。

確か、梅田の老舗ライブハウスで、僕らは、ある先輩バンドのメジャーデビューを祝う“クリスマスライブ”のお手伝いをしていた。

メンバー紹介が行われた中盤で、“メリー、クリ〇〇ス!”と放送禁止用語を叫んだメンバーの一人が、客席をドン引きさせた・・

“うわっ、すべった!”の記憶は、いまだに鮮烈で、この日は間違いないだろう。

その前座に出ていた、“まもなくメジャーデビュー”の噂のバンドに、ギタリストのリーダーが引き抜かれたのだ。

彼も、他のメンバーには、なかなか言い出せなかったようだが、いち早く知らされた僕は、レギュラーになることを決めた。

あのドラムのデブの“醜い男の嫉妬”が、生理的に受け付けなくなっていただけに、もう会うことも無いだろうと思うと、清々した気分だった。

が、今度は、店に“醜い男の嫉妬”を持った馬鹿が、出現したわけである。

 

しかし、達也の馬鹿が、僕とケンちゃんさんの仲に嫉妬するのもわかるような気がする。

ケンちゃんは類まれなる、“生まれながらの首領の器”で、自然と彼の周りには人が集まり、存在するだけで勇気を与てくれる。

彼の持つ、人を魅了する“なにか”は、外部に対しても同じで、特に一目を置く人物の多かった裏社会からは、引く手あまただった。

そんな男に、形(なり)だけやんちゃで、中身の女々しい達也の馬鹿が、擦り寄らないわけが無い。

僕が、この馬鹿を気にならなくなっていったのも、やはりケンちゃんの存在が大きく影響していた。

 

ところが、当の本人のケンちゃんは、根っからの一匹狼気質。

直接聞いたわけではないが、どうも取り巻かれることを嫌っているようで、僕と二人きりの時と、店の中や他者がいるところでは別人格。

どちらかと言わなくても、寡黙で、ボスとして君臨している方が、彼には自然だ。

が、二人でいる時の彼は“作られたお笑いキャラ”に見えるほど、よく笑うし、ヤンチャな17歳の少年に戻るのである。

 

とにかく一言、言葉を交わすたびに、ボケたりツッコミを入れたりと、ほとんど笑って過ごしていた。

僕が買った単車のタンデムシートもケンちゃんの指定席・・ 

中学時代に諦めたヤンチャを、ここで取り返すように、悪さをしちゃ、二人で笑いながら走って逃げまくった。

僕が、大阪弁と、大阪人特有のボケツッコミを学んだのも、彼との行動の中でだろう。

見た目も性格もまったく違う二人のコンビネーションは、手前味噌ながら絶妙で、その持ち味は、あらゆるシーンで発揮されていく・・

 

『ケンちゃん、ソープに営業行こうや。』

年が明けると、暇になり始める1~2月の水商売は、新規客開拓にはチャンスでもある。

先方さんらも暇だが、その分だけ顔は覚えてもらいやすい。

『おっさん、金持っとんかいな?ミナミのソープは、たっかいで~!』

ケンちゃんが僕を、時々、“お前”ではなく、“おっさん”と呼ぶようになったのは、コンビを組んで1ヶ月ほど後のことだろう。

彼は不思議と何に誘っても断ることが無く、僕が常に主導権を握っていたように思う。

 

『安いとこもあるやろう?高級店でなくてもええやん。とりあえず、パチンコ行って~、軍資金作って~・・』

『また、おっさん、ケツの毛ぇ~むしられてまうんちゃうんかいな~ハハハッ!』

『俺、ケツ毛で悩んでたし、ちょうどええわ。金、足りんかったら、ケンちゃん、働いて帰ったらええやん!ヒャッハ~!』

『アホな、そんな二人分も金あらへんて~オーナー、恐喝せなあかんがな~!』

『うん、それいこ、ケンちゃん!前借りや~ハハッ~!』

 

僕が週に6~7万、ケンちゃんは倍近くはあったろうが、週払いは妙に足が早い。

閉店後は、達也の馬鹿が嫉妬するので、距離を置いていたが、皆が帰ると僕らはソファーで仮眠タイム。

連日、朝っぱらから、パチンコを打ったり、ビリヤードに行ったりと、しょっちゅうミナミで遊び呆けた。

夜は夜で、彼の決め事“5回来てくれたら、1回は返す”に則り、挨拶がてらの営業に時々付いて回る。

そんな生活の繰り返しで、当たり前に二人とも金欠だったが、前借りやパチンコで捻出しては、週に2度くらいのソープ営業を試みた。

しかし、誰一人として、店を訪るソープ嬢はおらず、馬鹿馬鹿しくなって、1ヶ月ほどで辞めることにした。

僕に残ったものは、前借りで出来た“むこう2ヶ月以上のクレバーフェイスでの飼い殺し”の特典と、“マットプレイって気持ちいいよなぁ~・・”という、うっとり感だけだった。

マスターが辞めた後も、僕が一番最後まで残ったのは、“あったらあるだけ使う”金銭感覚で、店に前借りが残っていたからである。

“ハハハッ・・”

 

しかし、ケンちゃんは、どうも風俗嬢は体質に合わないようで、ソープ営業も遊び感覚で僕に付き合っていたような節がある。

顔を合わせば女の話を出す、高松の親友とは違って、僕ら二人は毎日笑っているが、下ネタはほとんど出ない。

もっと言えば、“彼女”に関しての話題は一度も無く、このソープ営業も、タイプの女だったかどうか程度で、すぐに別の話を始めて笑っている。

OLとホステスのお客が主体の彼は、成果などはまったく期待していなかったようだ。

 

体を張って金を稼ぐ風俗嬢は、若くして月に数百万単位の収入を得たがばかりに、上から目線になる女もいる。

ホストをやっていながら、“女に頭を下げるのが最も嫌い”と言う彼は、そのタイプが多いソープ嬢が、おそらく苦手なのだろう。

女から金は引っ張らず、いよいよの時だけ借りていたような節もあった。

だが、彼とは考え方の違う僕は、まもなく泡の国からやって来た、“なんちゃって女王様”に、金で頬を引っ叩かれる・・

『いらっしゃいませ~!』・・・

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純ペー
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